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遺言状

遺言状と言えば「遺産相続」の遺言が一般的なのかも知れませんが、ここに紹介する「遺言状」は少し違います。

この「遺言」は、私たちに家族のあり方を教えているかのように思えます。

 

この「遺言状」は旧大分県佐伯市中町に住んでいた「渡邊隆一」さんの遺言状です。

書かれた日付は昭和19年7月20日です。太平洋戦争の戦火が激しくなった期に臨んで書かれていた

ようです。

召集後に帰国できなかった場合を考えて書かれた遺言状には、当時の戦地に赴く方々の覚悟が見えます。

 

封筒の裏には召集日なのでしょうか、昭和20年3月8日となっています。

8月の終戦直前の外地出兵だったようです。

 

渡邊隆一さん・妻ヨネさんの間には子供さんがいませんでした。家族は隆一夫婦と両親の4人ぐらしだったそうです。

遺言状が入っていた封筒(表)

遺言状には資産の相続などの文面は有りません。あるのは家族の絆だけです。

それも数行におよぶだけのものです。

東日本大震災で亡くなられた大勢の方々が、遺族や私たちに伝え残したかった言葉は、

この遺言状と同じなのかも知れません。

死亡告知書と封筒

昭和21年2月15日 渡邊隆一さんはソ連シベリヤクルチーで抑留され戦病死しました。

その後、遺族のヨネさんに死亡通知が届いたのが昭和23年1月20日。

遺骨は昭和23年3月16日に養賢寺で遺族に渡され、3月18日には潮谷寺でヨネさんが喪主で

葬儀が行われています。享年39歳

 

香典帳の裏には「陸軍上等兵 渡邊隆一 昭和23年3月16日帰還」と記されていました。

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