森神紫陽 1898~1990(明治31年~平成2年)

森神三代治の四男として佐伯市直川で生まれる。

昭和初期に関西書道会理事であった紫陽は、同じ関西在住の書家として活躍していた

熊本出身の松園(キクヱ)と共に北朝鮮に渡り結婚。帰国して佐伯市で私塾を開設しました。

 

俗名 森神末男(通称 将允 マサヨシ)   

諱号 紫陽山人・鵬閣主人・芳山主人

平成2年3月17日 享年93歳

若き頃の紫陽

略歴

渡辺沢子が芳山門下に入ってのは昭和14年

二十歳を過ぎた頃である。

紫陽が先妻の松園(昭和43年亡)と死別したあと、

最期まで紫陽を師として、又紫陽の妻として支えた。

沢子(左)・紫陽(右)

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最晩年 平成元年(92才)の作

昭和31年日展入選作品(佐伯市図書館所蔵)昭和33年日展入選作品(佐伯市所蔵)

昭和34年日展入選作品(旧直川村所蔵)

我が家の座敷に掲げています。題款に「雅嘱」とあるように、昭和33年に祖父久保田 與が依頼して
書いて頂いたものです。(久保田与治郎)

この資料は、平成3年に発行された「森神紫陽遺墨集」とご養子さんの森神喜伴氏(大阪在住)

稲好直彦氏(佐伯市)のご協力で作成致しました。

森神紫陽(もりがみ しよう)

村の自慢

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